第10回 社運をかけた競争に、「組織」「人材」の責任者ができることは何か。

前回からご紹介している本『Beyond HR』から、興味深かった話をご紹介したいと思います。

(前回の内容は、こちらからお読みいただけます。)

事例としてしばしば登場する、ボーイング社とエアバス社の旅客機開発競争のエピソードのひとつです。

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2004年、ボーイング社は、最大のライバル会社であるエアバス社が2000年に搭乗人数500人を超える飛行機A380の本格的な開発を発表したのに対して、そのカテゴリとは異なる範疇に入る航空機である、787の開発を行うことを決定した。

当時(今もその傾向は変わっていないと思われるが)、航空業界の状況として、小規模な都市にある空港間の直行便に対する需要が増え、巨大ハブ空港の中心的な役割は相対的に低くなっていた。

同時に、空を使った旅客の移動は増加の一途をたどり、多くの空港で、その受け入れ能力の限界を感じつつあった。

またアジア圏の経済発展に伴って、アジア各国の主要都市間の移動〜これは決して近距離ではない〜のニーズがますます高まってきたときでもある。

こうした状況に対して、

・エアバス社は、できるだけ多くの旅客を運ぶことのできる旅客機を提供することでニーズに応えようとし、

・ボーイング社は、搭乗人数は少ないが、飛行可能距離が飛躍的に長く、石油消費も抑えることができる旅客機の提供を決断したというわけだ。

エアバス社のA380の場合は、これまで400人超の旅客機で独占状態だったボーイング社の747への挑戦という意味合いも大きかった。

それに対してボーイング社は、A380に真っ向から対抗するのではなく、逆に100〜300人乗りの飛行機では高い競争力を持っていたエアバス社のA330を超える飛行機を開発することで、業界のニーズに応えながら、その優位性を高めるという方向に進むことを決めたのである。

この発表を聞いたエアバス社は、A380の開発だけではなく、A330に代わるA350という飛行機の開発も発表、中規模航空機カテゴリでも、ボーイング社の787と真っ向から勝負することを決める。

この時点で、エアバス社のA350は紙の上での提案であったけれど、ボーイング社に公開質問を投げ、彼らがいう「優位性」は、自分たちが開発するA350と大きく変わるところはないという印象を、株主、航空会社にアピールする戦略にでた。

A350の計画が実現するとなると、ボーイング社に残された絶対的な優位性は、2つに絞られてきた。

圧倒的な納期の早さ(787は2008年、A350は2012年)と、新しく機体につかう合金に関する特許の質と数であった。

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さて、私たちが、「人材」「組織」のエキスパートとして、ボーイング社のプロジェクトに参加しているとしたら、どんなことを考え、行動を起こすことが求められているのでしょうか?

「Beyond HR」の著者たちは、こうした「ビジネス競争」の真っただ中でも人事が積極的にサポートできる重要事項があるのだ、ということを強調しています。

まず考えられるのは、広報セクションのトップに非常に能力の高いリーダーを据えること。

(もしくは、現職者たちだけでそれに応えられる力があるかどうかを確認し、対策を立てること。)

上記にようにエアバスからの「攻撃」を受けるなかで、航空会社、株主からの信頼を失わず、かえって信頼を高めることが、最重要課題の一つだからです。

実施には、Randy Basslerという人物がアサインされたそうです。彼はどんなプロジェクトにつけても十分な結果を出せると目されていた人物だったようですが、この時期、あえて社外広報の最高責任者に据えることで、787への期待をポジティブなものに定着させることに成功したといいます。

次に、予定納期の死守と、2008年から2012年という実質的に「独占状態」になる期間にできるかぎりの生産量を確保する(「ライバル」が来る前にできる限り売りきる)ことが最重要課題になります。

それまでボーイング社は機体構築の多くの部分を内製していたようですが、それでは短納期で大量の機体を作ることは難しいことがわかりました。

そこで、多くのサプライヤーをうまく巻き込むことで、短期間に大量に質の高い機体を作ることが可能になります。

つまり、これまでのサプライヤー管理に求められていた能力や行動とはかなり異なるものが求められることになり、それに応えうる組織・人材を配置することが肝要です。

また、多くのサプライヤーを巻き込むということは、さまざまな利害関係が発生するとともに、ある程度の技術情報が開示されることを意味します。

サプライヤーが今後、他の航空機会社との関係を持たないという保証はできないし、サプライヤー自身が直接のライバルになる可能性があるという状況の中で、良好で効率的な関係を早急に結んでいきながら、自社の利益を守るためにはどのようなマネジメント能力が求められるのか、これも見逃せないポイントです。

そして、2012年に向けてエアバスが開発・使用してくるであろう合金技術に対して、自社の特許を確実に守る優秀な国際弁護士の確保、更に新しい合金技術を開発する技術者の確保といった「積極的守り」の人材マネジメントも重要な要素となってきます。

実際にどんな人材配置が行われたかについては、次回以降でご紹介できればと思いますが、

ここでのポイントは、

社運をかけた競争の真っただ中で、「組織」「人材」に責任を持つ人や組織はまさに当事者である、

ということだと思っています。

ただし、「それは簡単なことではない」と感じているのが正直なところです。

なぜならば、現在「人事担当者」と言われる多くの人や組織が、現状その要請にこたえることができないために、経営やビジネスの責任者から、そこまで信頼してもらえないのではないか、と漠然と感じるからでしょう。

では、一足飛びにそこまでいくことが難しいとしても、そこまでたどり着く前提として必要なことは何か。

それは、

・自社のビジネスにとって有効な「人材プール」をタイムリーに把握すること

・自社の組織(チーム)の活動プロセスにおいて、どのような人材がどのような貢献できるのかを把握すること
・上記2点を連携させていくこと

ではないか、と思っています。

このあたりは今後の人事を考えるうえで重要なポイントになるように思っていますので、これからテーマにしていきたいと考えています。

* 今回の話は、”Beyond HR , New Science of Human Capital” John W. Boudreau/ Peter M. Ramstad の内容をベースに、当メールマガジンの編集人がまとめたものです。

* 英語の書籍からの引用のため、当メールマガジン編集人の責任において翻訳をして執筆しています。原書のニュアンスを伝えきれない内容があった場合の責任は当編集人に帰します。

(2008年1月11日)

※ ボーイング787は、残念ながら開発遅延を繰り返し、2008年8月時点でも実用に至っていません。

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