- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
今回は、前回ご紹介した、伊那食品工業の、塚越会長のエピソードから考えたことを共有させていただこうと思います。
私自身にも結論が出ているわけではないのですが、会社で人が働くということを考えるにあたっての、ヒントがあるように思ったのです。
伊那食品工業は、寒天という伝統的な商材を扱いながら、48年間増収増益を果たしたという企業。「いい会社をつくりましょう」という会長のもと、50年間リストラを一度もしなかったということで、注目を集めている優良企業です。
会長の塚本氏は、会社を取り巻く人たちすべてから「いい会社」と言われることを目指し、「急成長は必ずしも善ではない」と、急成長のチャンスに敢えて飛びつかなかったという逸話を持つ人物。
テレビ番組などで紹介され、寒天ブームがやってきたときのことです。
寒天メーカーのトップである伊那食品には当然、オーダーが殺到しました。
普通なら、ここがチャンス!とばかりに増産体制を組むはずですが、塚本氏は「これは一過性のもの」と見切り、
「わが社が一番大切にしているのは社員です。社員に残業をさせることはできませんので、せっかくのご注文ですが今は対応できません」と注文を断ってしまったのです。
またあるとき、同社の主力製品である「かんてんぱぱ」に目をつけた大手スーパーチェーンが、自分たちの店舗で売らせていただきたい、と日参してきたことがあるといいます。
その大手チェーンは、北海道から九州まで全国展開していたので、取引を始めれば何十億という売上を一気に確保することも可能でした。
しかし、塚越氏は、「現金取引でもいい」という申し出を断りました。
「自分で考えたものは、自分で創り、自分で売る」という主義を貫き通したのです。
これらの話は、前回もご紹介した『日本で一番大切にしたい会社』の中に出てくるエピソードなのですが、ここまで読んだとき、「思い入れが強く、絶対的権力がある創業社長だからこそできるんだろう」と漠然と考えていました。
しかし、塚本氏は創業社長ではありませんでした。もともとは伊那食品工業の関連会社に就職、普通のサラリーマンとしてビジネスライフの一歩を踏み出した人物。
塚本氏は、高校時代、肺結核を患いました。3年で完治したものの、当時は就職難。地元の木材関連企業に就職できたときには、ただただ感謝だったといいます。
その関連会社だったのが、伊那食品工業だったのです。
当時の同社は社員が数十名。工場にはモーターが4台しかないという零細企業で、毎月赤字を出して、銀行の管理下で建てなしが計画されていました。
そんな会社に出向を命じられた塚本氏は、21歳の若さで「社長代行」という不思議な肩書きを与えられ、再建の任を任されました。
つまり、自分から進んで寒天という商材を選んだわけでもなく、「起業するぞ!」といって会社を立ち上げたわけでもなかったのです。
地方の名もない零細寒天メーカー。その再建の道は決して楽なものではなかったといいます。
その苦労をみていた周りの人たちは、「そんなに苦労するのであれば、他の会社に転職をしたらどうか」と勧めたそうです。
しかし、塚本氏は、
「人間どこで苦労するのも同じ。目先の苦労を案ずるよりも、与えられた職業を天職と思い、とことん努力すべきではないか」と思い、周囲の薦めに耳を傾けずに、伊那食品工業の再建に邁進しました。
結果が、現在の伊那食品工業の成功、というわけです。
塚本氏は、「人と職業の出会いは運命的なもの。誰もが一番望む職業に就けるわけではない」といい、
今の若い人たちが「自分のやりたい仕事をすることが一番いいことだ」と考えがちな傾向に、疑問を投げかけます。
「積極的な気持ちで『寒天屋』を自分の天職と考え、働いてきた結果として、いつの間にか業界のトップメーカーになっていた」と。
「自分探しの旅」に出たきり戻ってこられなくなる人が増えている、などと言われる昨今。
あまりにも自分のやりたいことだけに固執するのもどうかと思うものの、正直、ここまでの考え方は前時代的かなあ、と思いました。
この考え方が、本当に今の時代に通用するんだろうか、と。
そんなとき、仕事の合間に立ち寄った本屋で買った本の中に、その意味を裏付けるような話が載っていました。
茂木健一郎氏の『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)です。
ベストセラーになっているようですので、既にお読みになった方もいらっしゃるかと思います。
その中で、スピードスケートの清水宏保選手が、小児喘息を克服してトップアスリートになった例や、吃音がひどかった人が語りのプロになった例などを挙げて、
「弱点を抱えた人が。その弱点を克服する過程で余人に及ばない領域に達することがある」
という現象を、脳の学習メカニズムを使って説明されていました。
「弱点を努力で克服しようとするとき、人はきわめて高いモチベーションを発揮します。
そして、だんだんできるようになるにつれて大きなうれしさを感じるようになり、さらにドーパミンも多く出て、脳の強化学習がより進んでいくのです。」
つまり、自分が得意だと思っている分野から一歩飛び出して、弱点(おそらく好きではない)世界を克服しようとしたときに、それがもともと得意な(優れている)人よりも、その能力を伸ばすことがあり得る、ということです。
常々、まずは得意分野を伸ばしていくのがいいのではないか。やはり、好きなことを仕事にするのがいいのではないか、と考えていた私にとっては、アンチテーゼでした。
経営の経験のない塚本氏が、目の前にある「寒天屋」の再建が天職と決め、困難をあえて選んだ結果、卓越した結果を出したというのは、単に一昔前の根性論ではなく、脳のメカニズム的にも説明できるのか、と。
この点については、その妥当性について、などとこのまま書き続けると非常な長さになってしまいますので、何かの機会に譲りたいと思いますが、
そのことを考えているときに、印象的な言葉に出会いました。
株式会社コーチ21の代表取締役社長である桜井一紀氏が、同社が発行するメールマガジンCoach Weekly vol.460号で「覚悟」というタイトルで書かれていた話です。一部引用させていただきます。
ある大手保険会社の部長が、辞めたいと思っている部下にどう接するかという話をされていたときに、
「この仕事をやるしかないと部下が自分で覚悟を決めない限り、そいつの将来は無いんですよ。
本当のところ、やる気とかモチベーションとかそういうきれいごとじゃないんですよね。覚悟した奴だけが何とかなるんだと思いますよ。」
と言われたそうです。
「覚悟」です。
最近久しく聞いていない言葉だな、と思いました。
塚越会長の話、脳のメカニズム、そしてこの「覚悟」という考え方には通底するものがあって、最近ないがしろにされているものの、人が組織で働くことを考えるときに見直されるべき何かがあるのではないか、と思った次第です。
今回は、いつにも増してまとまりのない話になってしまいましたが。。
皆さんは、これらのエピソード、考え方をどのように感じられるでしょうか?
『日本で一番大切にしたい会社』坂本光司 あさ出版
『いい会社をつくりましょう』塚越寛 文屋
『脳を活かす勉強法』茂木健一郎 PHP研究所
メールマガジンCoach Weekly vol.460号 株式会社コーチ21
(2008年8月22日)