- 戦略的人事にITを活かす - 人材・組織システム研究室
1994年大学卒業後、株式会社オリエンタルランド入社。
食堂部にてテーマパークのレストラン運営業務に従事した後、1996年に経営企画室へ異動。単年度予算編成・監理、中長期経営計画の立案、事業戦略の立案・監理を7年間担当。
2003年に人事部へ異動し、制度運用業務(採用・人事・教育)に従事した後に、2005年より人事部人事教育グループマネージャー。
2010年人事本部人事一部長として、人事戦略立案、制度企画、制度運用を担当。
1988年大学卒業後、株式会社西武百貨店入社。
店舗にて売場管理2年の後、店舗人事にて人事業務全般を担当、その後本社人事にて制度企画・人件費管理を担当。
2000年に、開業前の株式会ユー・エス・ジェイに(ユニバーサルスタジオジャパン)入社し、人事制度・労務管理全般の立ち上げを担当。
その後2005年に新マネジメント体制下でのCFT(クロスファンクショナルチーム)のリーダー等の経験を経て、2008年より現職。
華やかな夢を見させてくれる、わくわくする非日常を体験させてくれる、そんなテーマパークを支えていくためには、多種多様な人材が「お客様に楽しんでいただく」というひとつの方向を向いて力を合わせなくてはなりません。その状態を継続させていくために、どのような人材マネジメントが行われているのか。今回は、日本を代表する2つのテーマパークの人事責任者にお越しいただき、具体的な取り組み、そこでの苦労などについてお話を伺いました。
前回の対談内容はこちらから↓
たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊す。多様な人材の連携が重要(前半)
【楠田】
さて、大事にしていること、志を伺ったところで、今度は実際の仕事で苦労した点について教えていただければと思います。
【下村】
USJとして新しい会社の人事の仕組みを立ち上げるということ自体も大変でしたが、特にテーマパークということで言えば、様々な職種の人を、ひとつの会社としてどう処遇し、マネジメントしていくのかを考え、実際に運用していく部分が特に苦労した点ですね。
例えば職人の世界では、部下を育成しましょうと言っても「仕事は先輩の背中をみて盗むものだ」という発想が開業当時はまだまだ残っていたりして、業界特有のカルチャーみたいのもが根強くありました。それでもオープニングの前には、開業という共通のひとつの大きな目標があったのでまだよかったのですが、通常のオペレーションのモードになったときに、どう求心力を保って一つの会社としてのまとまりを持っていくのかは、チャレンジでした。
【東郷】
そうですね。多様性をどのようにマネジメントしていくのかというのは難しいところですね。例えば、事務職の採用であれば、総合職か一般職か、新卒は何人で中途何人といった比較的シンプルな計画が立てられます。しかし、専門職の採用になると、デザイナー、各種技術職、シェフ、コスチュームを作る人、食の衛生管理など、かなり細かい分野への対応が求められます。では、そういう人たちを採用するのに、どういう情報を発信するのが効果的なのか、そもそもどこに広告を出すべきなのかがわかっていないといけない。無事応募者に来てもらったら、今度はその人たちとコミュニケーションをとって、きっちりと見極める基準も持っていないといけない。最初からすべての専門分野の専門用語がわかっているわけではないですから、大変です。
【楠田】
多様性のマネジメントというのがひとつのポイントですね。さて、次に、人事部長として社内でどのようなコミュニケーションを取られているのかについて伺いたいと思います。
【東郷】
現業部門とのコミュニケーションの大切さを常々感じて、できるかぎり現業部門に足を運ぼうと意識しています。しかし、残念ながら、まだまだ現業部門から距離を感じられているのが現実だと思います。OLCの場合はパークも含めてほぼ一か所にまとまっていますから、2、3時間も歩けば大抵の現業部門を回れます。ですから、打合せの帰りなど、できるだけ足を運んでいるのですが、不用意に出向くと、「突然人事部長が何をしに来たんだ?」と思われてしまったりもします(笑)。
【楠田】
「私、もうすぐ異動かもしれない」と思われてしまう?
【東郷】
そう見る人もいますよね。ですから、何か自然な機会を作っていければいいと考えているところです
【楠田】
下村さんはいかがですか?
【下村】
課題となっているのは東郷さんと同様、現場の声が人事に届きにくくなっているのではないか、ということです。そのため、現在各部門に「フィールド人事担当」を置いています。もちろん、私自身が各部門の部門長と定期的に情報交換はしていますが、それだけでは現場の生の声を吸い上げるのに限界があります。そのため、フィールド人事の仕組みを活用しています。部門で何か問題が起こったらまずフィールド人事に声がかかるよう、部門の御用聞きであり、よき相談相手になることを期待しています
また、USJでは1年前に社内SNSを立ち上げました。対象は社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトも含めた従業員全員になっています。
【楠田】
それでは、すごい人数になるのではないですか?
【下村】
大体、従業員の85%くらいが登録しています。実数にすると、5000人近くになると思います。そのうち、ほぼ毎日アクセスするアクティブユーザーが7割くらいですから社内SNSとしては成功している部類に入るのではないでしょうか。
もともとの発想は、昔の「たばこ部屋」のような機能をもつ場を作りたいということでした。プライベートの話やたわいもない話もするけれど、所属や立場を超えて仕事の話もできるような。実際に、「お客様にこんな対応をして喜ばれました」とか「仕事でこんな体験をしました」といった話題から、本当にプライベートなことまで、いろいろな情報や意見が飛び交っています。
【楠田】
パートタイマーやアルバイトの方も積極的に参加されている?
【下村】
はい。パソコンからだけではなく、携帯電話からもアクセスできるようになっていますので、結構参加率は高いようですね。今、1年が経過して、次のステップとし取り組んでいるのは、OB・OGにも公開していけないかということです。せっかくUSJに関わる機会をもった方々のネットワークをうまく活かしていけたらと考えています。
【楠田】
経営陣とのコミュニケーションはどうですか?
【下村】
USJでも社長とはウィークリーでミーティングを持っていますし、それ以外にも呼ばれることも少なくなく、密なコミュニケーションをしていますね。各本部長とも、インフォーマルなコミュニケーションも含めて情報交換する機会を多く持てていると思います。
【楠田】
その他に人事として取り組んでいることはありますか?
【下村】
はい。ひとつは、必要なときに必要な人材をきっちりと配置できる体制をどう作っていくか、ということです。これまでは、辞めた人の穴を埋めていくといった後追い対応になりがちでした。しかし、これでは中長期的な戦略からの要請には対応できません。実際のビジネスの展開がこうなるとしたら、どういう人材が必要になるのか。必要な人材と現在の人材のギャップはどうなっているのか。ギャップがあるとしたら、それをどのように埋めていくのか。そうした検証があったうえで、人材育成プランや採用計画を立てていくようにしていこうと取り組んでいます。
もうひとつは、会社のメッセージや上司の想いといったものを、現場に浸透させていく仕掛けを作っていきたいと考えています。そのひとつとして、15人ほどいる部門長が、自分の社会人としての経験や、今後のビジネスでの抱負や戦略などをオープンに語る機会を設けました。
【楠田】
部門長同士が意見を交換するわけですか?
【下村】
いいえ、従業員全員に対して、「聞きたい人は集まってください」と言う形で参加者を集めました。一回目の聴き手は、やはりその部門の人たちが中心になってしまいましたが、他の部門の参加も少なからずあり、部門や役割を超えたコミュニケーションが生まれる場としてうまく運用してきたいと思っています。
【楠田】
それは面白い試みですね。東郷さんはいかがですか?
【東郷】OLCでは、数年後から定年を迎える社員が急激に増えます。今、一定の制度はできていますが、その時に向けて制度の見直しを行っているところです。これから定年を迎える人たちというのは、東京ディズニーランドのオープニングを経験しています。ですから話を聞くと、「最後はパークに恩返しをして終わりたい」といった意識がある人がとても多いのです。そうした思いに対しても、きちっと応えられる制度にしたいと考えています。
また、これは副次的なことですが、制度がうまく運用できれば、パークがあるのが当たり前になってから入社した若者と、オープニングを経験している親の世代のような人たちが同じ職場で働き、コミュニケーションすることのメリットも期待できるのではないかとも思っています。
【下村】
USJは新卒採用開始からまだ11年ですので、まとまった退職者が毎年出てきたときにどうするのかという課題には直面していません。ただ、個別の例を見ているとマネジャーであった人が、現場第一線に戻るのを厭わない場合でも、受け入れ側が彼らをどうマネジメントしていけばいいのかという問題が発生します。こうしたことを解決していくためには、制度だけで対応するだけではなく、ダイバーシティを浸透させて、様々な働き方を受け入れられる風土を作っていく必要もあるのだろうと思っています。また、(雇用延長の取り組みとは直接つながりませんが)ダイバーシティという意味では、弊社は障がい者雇用にも力を入れており、現在の障がい者雇用率は3.0%です。それらの人たちが実際の現場で他のクルーの人達と一緒に働いています。そのことにより、ゲストサービスの上でも、多くの気づきがあると感じています。
【楠田】
ありがとうございました。さて、お互いに質問してみたいことなどありますか?
【下村】
そうですね。OLCさんでは、部長クラスの方でも、それまでとまったく異なる領域の部署に異動させることが多いと聞いています。弊社では、職務領域の比較的近い場合は部門間異動を行いますが、領域が大きく異なるような異動はありません。プロフェッショナルの定義にもよると思いますが、基本的には、「その道のプロ」になってもらって、外のマーケットでも通用する人にしていきたいという考え方が前提になっているからです。
ただ、ひとつの領域一筋でやっているだけで、USJという会社を愛し、その中で成長していこうと思い続けてもらえるのか、会社へのロイヤリティという観点から見て、何か考える余地はあるのではないかと思っています。一方で、あまりにドラスティックな異動をして、受け入れられるのかという心配もあり、OLCさんはどのように考えられているのか是非お伺いしたいです。
【東郷】
確かに、弊社では本当にドラスティックな異動がありますね。例えば、2010年の10月には、総務部長がカストーディアル部に異動しました。カストーディアルとは清掃関連全般を管轄する部です。また、キャスティング部長がアトラクションを運営する運営部に、広報部長がセキュリティ部に異動しました。
【下村】
確かにそうですね。ロイヤリティの問題だけではなく、経営層を育てていくという観点でも、一定の役職以上の者を、どのタイミングでどのような経験を積ませていくか、検討していく価値はありそうです。ただ、異動される方からの抵抗はありませんか?
【東郷】
もちろん、真剣に取り組んでいることがあったとか、大事にしてきた仕事を手放したくないといったことで感情的な抵抗はあるかもしれません。しかし、皆この会社にいるかぎりどの部署にもいく可能性があるという覚悟はできていると思います。
【楠田】
東郷さんの方からは何かありますか?
【東郷】
USJではフィールド人事を置かれているということですが、その仕組みをうまく動かしていくコツについて教えていただければと思います。
【下村】
フィールド人事のメンバーが、一所懸命、ごまかさずに仕事をしている姿を、現場が見て認めてくれているということじゃないかと思っています。対応できることにはきちっと対応する。対応できないことは対応できないと正直に伝える、ただし対応できない問題であっても解決に向けてサポートする、といったことの積み重ねで信頼関係を築き上げているのだと思います。ベタな話ですが。
【東郷】
制度だけではなく、運用が重要になってくるということですね。
【楠田】
今、フィールド人事の見直し、強化に取り組んでいる企業は増えていますね。従業員の価値観は多様化していますし、大きな変革には現場を巻き込んでいくことが重要ですから、現場の意見か課題を吸い上げ、解決に向けてサポートしていく機能は重要になってくると思いますね。
では最後に、お二方から若手の人事担当者にメッセージをいただければと思います。
【東郷】
人事の仕事というのは、法律や過去との整合性といったものにも注意を払わなくてはいけないので、どうしても視線が内向きで足元を見るようになりがちです。しかし、本来、人事の仕事は会社全体を見る戦略的な仕事であるはずです。ですから、意識をして自社のビジネスのことや、外の環境変化などにもアンテナを張っていく必要があると思います。そうした認識を基に、変えるべきところはフレキシブルに、積極的に変えていく。一方で、変えてはいけないことは軸をぶらさずに守っていくという姿勢が大事だと思います。
また、経営という観点ではチャレンジを続けていきながら、人という繊細な対象を扱う者として誠実かつ真摯に取り組んでいくという、この2つの姿勢をもって仕事に当たっていっていただきたいと思います。
【下村】
人事の仕事というと、どうしても制度やルール等の「仕組み」作りにフォーカスされがちですが、従業員を巻き込めるような「仕掛け」をいかに作っていくことができるかが、これからの人事に求められていると思います。
また、やはり誠実であることが何より重要でしょう。自分で発言したことには責任を持ち、行動に移すというように、従業員ひとりひとりに誠実に対応できるかどうかが、人事の仕事の質を決めていくのではないでしょうか。
【東郷】
そうですね。人事の仕事はなかなか外から見えませんから、それに甘んじて「手を抜いても大丈夫」と思ってしまうこともできる。しかし、そういう姿勢は結局相手に伝わります。見えないからこそ、誠実に取り組んでほしいと思います。
【楠田】
本日はどうもありがとうございました。
(2010年12月/構成・文: インフォテクノスコンサルティング株式会社 大島由起子)
第5回 たった一つのマイナスが、一日分の幸せな気分を一気に壊す。
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