今回は、東アジア(中国・韓国・台湾)やインドの理系学生採用に詳しい石黒嘉浩氏に、中国を中心に海外での理系学生採用事情について伺いました。理系学生の傾向、日本人の誤解、世界の企業の動きなど、今後優秀な学生を海外に求めていく人事担当者へのヒントをいただきました。
― 石黒さんは、現在日本企業が海外で理系学生を採用する際のサポートをしていると伺っております。初めに、そうしたビジネスを立ち上げられた経緯を教えていただけますか?
今日は4人の方々にパネラーとして登壇いただきます。簡単に皆さんの紹介をしたいと思います。
まず、現在の日本の大学の理系学生の状況をご説明したいと思います。ここ10年で、大学進学時の工学部志望者は、60万人から30万人へと半減しています。そして、傾向が回復する兆しは残念ながらまったくありません。
またそれだけではなく、工学系の中でも、機械系、電子・電気系という、多くの日本のメーカーが必要としている学生の質が相対的に下がってきています。例えば東京大学では3年に進級する際に試験によって専攻を決めていきますが、ここ数年、機械系、電子・電気系進学者の合格ラインが著しく低くなっているというデータが出ています。これらの分野は昔は名門・花形だったのですが、今では「他に入れないから」「電気は好きではないけれど」という学生も入れる状態になってしまっているということです。
そうした傾向に加えて、理系学生の理系就職離れも深刻です。例えば、2009年3月卒業時に東京大学工学部で学部長賞を受賞した学生が大学院に進まず、大手総合商社に文系就職しました。それまでは、学部長賞を取るような学生は大学院に進むのが当たり前で、その後大学に残ったり大手メーカーにエンジニアとして入るのが定石でした。このように、理系学生の減少に加えて、理系就職離れも起こっています。
私は前職でメーカーの理系採用を担当していました。大手化学メーカーでしたので、優秀な化学系の学生を集めることはできました。しかし機械、電気・電子となると、ただでさえ他社との競争が激しいうえに、学生の全体のレベルが下がっていましたから、優秀な学生を採用することが非常に難しかったのです。だからと言って、採用のレベルを下げるわけにはいきません。それならば、海外に優秀な人材を求めればいいのではないかと考えたわけです。専門性に国境はないだろうと。そこで中国での理系採用に踏み切りました。
― 何故、中国だったのですか?
主に3点あります。まず、欧米系の学生は日本をみていないので優秀な学生の獲得が難しいだろうと。次は数の論理です。2・6・2の原則でいけば、上の2からの採用が必須です。となると、母数が多いことが重要となります。そこで考えたのが中国とインドです。最後に、インドは漢字文化がないので日本語のハードルが高いだろうということで、中国を選択しました。無論市場としての魅力の中国もありますが、人材のスペックという観点から見れば上記3点だなと。
― 実際に採用されてみていかがでしたか?
想像していたよりもはるかに優秀でした。技術のプレゼンテーションをさせると、200枚くらいの資料を作ってきて、いつまでも話が尽きません。また、日本語がまったくできない学生も採用したのですが、日本に来てから3カ月ほどで、日本語をペラペラと話すようになりました。これには驚きました。
そこで、他の企業にもこうした採用を紹介したいと思うようになり、そのために独立をすることにしたのです。2008年4月のことです。
― 当時、日本企業からのニーズはありましたか?
その年にリーマンショックが起こったこともあり、正直、最初はなかなかビジネスにはなりませんでした。しかし、2010年に入って流れが変わったのを感じました。経済が落ち着いて、採用規模を増やしていこうとした時、基準を下げずに理系人材を確保するためには日本市場だけを見ていては間に合わないということを、企業が切実に感じるようになったのだと思います。
― ただ、「外国人を採用しよう」と考えたとき、まずは日本に来ている留学生を採用しようとするのではないかと思いますが。
確かにそう考える企業は少なくありません。しかし、実は日本に来ている留学生の8割が文系学生なのです。つまり、日本の理系学生同様、優秀な理系学生を採用するのも非常に難しいのが現状です。
― 海外の優秀な理系学生を採用したいと考えているのは主にメーカーになりますか?
最近は商社やコンサルファームなどのニーズも出てきていますが(日本国内での採用も同様)、ほとんどはメーカーになります。
― 日本のメーカーは中国の学生に人気があるのでしょうか?優秀な学生が就職先として視野に入れているものなのですか?日本経済の失速が言われて久しいので、日本離れが進んでいるのではないかと想像してしまいますが・・・。
日本のメーカーは中国の理系学生に根強い人気がありますね。理由は以下のようなところでしょうか。
・ 中国は慢性的な就職難
・ 理系の上位校の研究室には元東大、元東工大といった教授が多い(日本を近しく感じる)
・ 技術立国としての日本に対する憧れは根強い
・ 中国の初任給は約3万円。日本本社に入れば20万円程度はもらえる
・ 長期雇用を保証してくれて、育成をしてもらえる
― なるほど。ただ、「長期雇用を保証してくれて、育成をしてもらえる」というのは一般的な中国人の就職観と異なる印象がありますね。
中国で就職活動している学生の数は600万人と言われています。(日本は50万人くらい)確かにその8割程度は、ジョブホッパー、転職を繰り返してキャリアアップしたいと考えている人たちだと思います。しかし、残りの2割は「腰を据えて働きたい」と思っていて、こうした思考の学生は、工学系で出現率が高いのです。
― それは、日本企業が見落としているところかもしれません。
例えば、大連理工大学には「日本語+専門」という学科があります。通常の学科は4年で卒業できるのですが、ここは5年間かかります。専門と並んで日本語を正規の学問として学んでいますから、正確で丁寧な日本語を話すことができます。専門性もあって日本語も流ちょうに話せる学生が、毎年2000人輩出されているのです。
ここを卒業した学生たちは、日本企業への就職を希望しています。そして、日本で働いて永住してもいいと思っている。しかし、日本企業はこうした学生の採用を現地採用に任せてしまう傾向があります。現地の日系企業に就職したら待遇は中国企業としての待遇ですから、給与は安いですし将来の展望も描きにくい。それでは就職先として魅力がありません。みすみす優秀な人材を見逃していると思いますね。
日本のメーカーは、「日本語ができないとダメ」というところも多いのですが、実際に大連理工大学に面接にいくと、皆さん非常に驚かれます。しっかりとした専門性がある上に、日本語でのコミュニケーションにも困らない。日本企業の本社からの採用を強く希望していますから、内定を出せば必ず入社してくれるし、マッチング度合いも高い。「これからは北海道大学や九州大学に採用活動にいくのと同じように、大連にくればいい」と言った採用担当の方もいらっしゃったくらいです。
― 日本人の誤解が、企業の人材確保のチャンスを減らしているようですね。
そうですね。特に中国人を採用するということに関しては、まだまだ誤解があるように思います。例えば、この前の震災のときに中国人が大挙して帰国したのをみて、「中国人はロイヤリティが低くて信頼ができない」とおっしゃった経営者の方もいらっしゃいました。しかし、私たちがこれまで採用をお手伝いして入社した中国人の方々は、今回の震災で一人も帰国しませんでした。
よく考えていただければ、四川の大地震のときやチェルノブイリ事故のときも、周辺にいる日本人の多くが日本に帰国しました。もちろん、戻らなかった方もいるでしょう。今回のことも同じことです。帰国した人もいれば、帰国しなかった人もいる。特に、日本企業で長く働くのだと決心してきた中国の方々の中には、そのまま働き続けている方が多いのです。
― イメージ、一部の情報だけで判断しがちだということですね。
そうだと思います。日本企業の方の中の一般的な中国人学生のイメージは、「生意気」「自己主張が強い」「すぐに辞める」といったものです。そこで実際に学生たちに会うと、あまりにもイメージと違いすぎて、本当にびっくりされます。中国も儒教が浸透している国ですので、上下関係についてしっかりしつけられている人が多い。もちろん、中国人としてしっかりした意見を持っているのですが、日本人がイメージするような傍若無人な感じがないのです。
例えば飲み会の席でも、非常に礼儀正しく目上の人にお酒を注いだりします。少しくらい泥臭いことも厭いません。ある工場長さんは、「昔の俺を見ているようだ」とおっしゃったくらいです。特に工学部系の学生は、昔の日本人学生の趣を残している人も少なくありません。ですから、一度採用をされた企業が、翌年以降も継続的に活動を続けるケースが非常に多くなっています。
― ここまでは、日本メーカーが工学系の学生を採用するお話でしたが、他業界の動きはありますか?
はい、IT系企業が情報工学系の学生を採用しようとする動きが活発になってきています。こちらはメーカー/工学系学生とは異なった動きをしています。 メーカーの場合は、後から学ぶにしても「日本語が必須」というケースが多いのですが、IT企業の場合は、日本語不問というところも少なくありません。そういった企業は、中国でも大連ではなく、北京の精華大学にターゲットを絞ることが多いのです。
― 精華大学と言えば、中国でトップクラスの大学ですね。
はい。特に情報工学部は超名門です。ここのマスターを取った学生ならば、無条件に採用したいという企業が多数あります。実際に、超優秀だった学生は62社からオファーがあったといいます。普通の学生でも、平均内定数は15前後あると言われています。
― それは、日本企業から?
いいえ。このレベルになると全世界からです。競争相手は世界の名だたる企業になります。彼らも基本的に日本など視野に入れていません。英語はペラペラですから、欧米系企業の方を向いています。しかし、それでも採用に成功する日本企業もあります。
これは面白いなと思ったのですが、欧米系の企業には「学生を口説く」という発想がほとんどないのです。オファーを出して、来るのか来ないのか、何月何日まで返事をしなさい、という感じです。一方日本企業は、日本の魅力、企業の魅力を語って、丁寧に口説くわけです。そうされれば学生も悪い気はしません。実際に、内定を十数個持っていた学生をひっくり返して、日本に連れてくることに成功している企業もあります。こうした努力が実って、かなりいい人材が日本にも来ています。
― これまでは、「採用」の部分を中心に伺いましたが、採用後の定着という点についてもお聞きしたいと思います。先ほど、震災でも帰国した人がいなかったというお話でしたが、中国から採用された方の定着率というのはどうなのでしょうか?
一概には言えませんが、我々がお手伝いしたケースではほとんど辞めていません。そのポイントは動機づけだと考えています。単に給与などの条件だけに惹かれて就職してしまうと、やはり辞めて帰ってしまいやすいと思います。
ですから我々は、「この会社で何をしてほしいのか」「どういう将来があるのか」といった話を最初にきちっと話してくださいとアドバイスさせていただいています。「日本企業に入るというのはこういうことだ」「そういうキャリアが嫌なら受けない方がいい」と正直に話していただくのです。それを理解したうえで決心した学生は就職に対する納得性が高くなり、ちょっとしたことで辞めようなどと思いません。
単に「ダイバシティが流行っているから外国人を採用しようか」といった、事業戦略とは離れた動機から採用をするのは危険だと思っています。せっかく採用した人材に長く活躍してもらうためにも、事業戦略の中で彼らをどう位置づけ、将来具体的にどう活用していくかまで考えて、採用計画を立てていくことが肝要だと思います。
― ここまでは中国を中心にお話を伺ってきましたが、他の国への採用意欲というのはどうですか?
中国で採用成功した後は、2つの方向に進む企業があります。ひとつは、東アジアに向かう流れ、もうひとつがインドへの流れです。
東アジア、メインは韓国と台湾ですが、に向かう企業は、やはり文化の共通点の多い地域からの採用の方が馴染むのではないか、と考えているようです。
インドに向かう企業は、優秀な人材を探すためには積極的に母数の多いところに出て行こうと考えています。
― それぞれの採用市場の傾向を教えていただけますか?
まず、韓国。韓国も国内は就職難ですから、海外での就職を目指している学生は少なくありません。ただ、日本語ができるのは文系の学生が多く、理系の分野では日本語人材は少ないのが現状です。多くの学生が英語圏での就職を考えています。
韓国と比較すると台湾の方が日本企業と親和性が高いでしょう。日本語ができる人材も多いですし、韓国ほど欧米志向が強くないように思います。韓国同様、台湾も国内によい就職先が潤沢にあるわけではありませんから、日本企業が優秀な人材を採用するチャンスは十分にあります。
インドは東アジアの国々とは異なります。ひとつ言えることは、日本に来たとしても、長く働こうと思う人材が少ないということでしょう。3年くらいで国に帰ると明言している人も少なくありません。ただ、中国と同様、トップクラスの人材の質は非常に高く、獲得競争は激しい。世界トップクラスでもあるインド工科大学のデリー校でマスターを取った学生に、Face Bookが年俸1200万円のジョブオファーをだしたと聞きます。また英語圏であること、地理的にヨーロッパにも近いことから、欧米企業への就職を考えている学生が多いのも特徴でしょう。
― インドの学生にとって日本は、言葉の通じない遠い国、あまり魅力がないということでしょうか。
それでも、やはり優秀な学生が多いですから、日本企業もただ手をこまねいているわけではありません。ある企業は、シンガポールにR&D部門を置いて、インドなど海外から採用した技術者がそこで働ける環境を作っています。何も皆を日本に集める必要はないと。優秀な人材が働きやすい場所を提供して、存分に活躍してもらおうということです。
― 優秀な人材の獲得競争の競争相手は、もはや日本国内の企業ではなくなってきているということですね。
そうだと思います。実際、理系だけではなく、文系の人材も海外から採用する動きも活発になりつつあります。日本企業は、現地の優秀な人材を獲得して、活躍していってもらうための仕組みがまだまだ弱いと思います。優秀な人材の獲得競争は待ったなしです。グローバル化が避けられなくなっている今、是非、海外の学生採用について、考えてみていただきたいと思います。
― 本日はどうもありがとうございました。
(2011年7月)
(取材・構成・文: インフォテクノスコンサルティング株式会社 大島由起子)